失ってみてついにうなづける健康でいられる現象へのリラックスの根性

ここ5時世くらい実にペースが悪かった。
ほぼ社会に出てからの扇動やライフサイクルの乱調からだという。
ちっちゃなことでも、それが貫くとどしどし積み重なって出向く。病気ってそうしてなるんだと思い知らされた。
自分のことってわかっているようで、トップわかってないのはわたしなのかもしれない。
自分は自分が硬いキャラクターだと思っていた。扇動とかもためないし、どっちかといったらタフキャラクターだと。
あと、悪いことが起きても、それを事態が低いからだと、自分が変わることをしなかった。
最近思い出すと、じつは扇動がたまっていた感じがするし、とにかく自分がわかってなかった気がする。
自分で自分が嫌いになったのは、思わず最近のことです。

キャラクター、先ず何か痛い目を見ないとわからないことってあると想う。
健康なそれぞれはとにかく大きな病気になってみないと、本当の健康のありがたみってわからないというし、
自らインナーなそれぞれも、初めて相性で悩んでみないと、自分の悪いところが客観的に見えないという。

わたしはここ5時世で何度も失敗してきたし、何度も挫折した。既に失うものは何もないっていうくらい。
代々を何度も思い返したし、いろんなことにも気づかされた。
わたしは何故あんなことを通じてきたんだろうと悔いもした。
でも、ここで失敗していなかったら、一段と所で大きな悔いをしただろうなとも感じた。

適正雑然としてよくわからない本文になってしまったが、
キャラクター完全それぞれなんていないものだし、自分のライフスタイルも、たまには振り返って客観的に見分けるのも、大切なのかなと感じた最近のわたしでした。冬の風物詩といえば蟹